【体験談】「娘の命を守らなければ」ミルクを飲まなかった娘と経管栄養

こんにちは、あいちゃんママです。

前回、娘が胃ろうを造設した経緯や、医療的ケアがあることによる就園や就学の問題点について書きました。

【体験談】胃ろうのある娘が、保育園と小学校へ入る時。「栄養剤は、ごはん」

今回は、娘が胃ろうをまだ造設する前、経管栄養だった頃の話を書きたいと思います。

当記事は出来るだけ正確な表現で書かれていますが、ライター個人の経験を根拠にしており、医療監修は受けておりません。その点をご理解の上お読み下さい。

ミルクを飲まない赤ちゃんだった娘。本当に授乳が辛かった

娘は産まれてすぐの時から、ミルクを上手に飲めませんでした。

産後の入院中に先天性心疾患があると病院の先生に告げられ、

「母乳の飲みが悪いのは、哺乳するのに疲れてしまうからかもしれない。搾乳して哺乳瓶で授乳してみましょう」

と教えていただき、搾乳することになりました。

病院では搾乳に苦労した

きょうだいたちを完全母乳で育ててきたので、初めての搾乳と哺乳瓶での授乳でした。

加えて娘の心疾患の診断も告げられ、疲れていた私は母乳が出なくなってしまいました。

心疾患があると知った時は「どんな病気なんだろう?」「手術すれば元気になるのかな?」と冷静に考え、涙も出なかった私ですが、母乳が止まってしまった時は夜中の授乳室で泣きました。

その場をたまたま見ていた看護師さんが話しかけてくれ、泣きながら母乳が出なくなったことを伝えました。

看護師さんが、「違うメーカーの搾乳器にしてみよう」と搾乳器を貸してくれ、搾乳してみると母乳が出てきました。

「搾乳器が合わなかったんだね。早く気づいてあげられなくてごめんね」と言ってくれました。

その後も、看護師さんが哺乳瓶でもミルクを上手に飲めない娘に、哺乳瓶の乳首を柔らかくしてくれたり、スプーンで飲ませてくれたりしました。

それでもミルクを飲めない娘…

体重も少なかったのですが「産まれた時の重さまで体重が増えれば退院しましょう」と病院の先生に言われ、私も数日入院を増やし、なんとか娘と一緒に退院することができました。

授乳のためほとんど眠れない日々が続き、精神的にも追い詰められていた

家に帰ってからも娘がミルクを飲む量は増えず、1回40ccを1時間かけて授乳。

生後1ヵ月、体重の増えも悪く哺乳瓶も拒否してしまい、直母で1〜2時間おきに授乳していました。

1週間に1度、体重を計りに病院を受診していました。

「いつの間にか飲めるようになるよ。お母さん頑張って!」と言われ、

「もうチョット大きくなれば飲めるようになるから、私が頑張らないと」と思っていました。

その後も体重は増えず、嘔吐や発熱で入院する娘。1時間に1回の授乳でも体重は増えず、成長曲線から外れていきました。

夜中もタイマーをかけて1時間に1回の授乳。授乳して搾乳して授乳しての繰り返し…

きょうだいもいるのに授乳でどこにも行けず、私は1日に合わせて2時間ほどしか寝ることができていませんでした。

「母乳より離乳食の方が食べれるかも」
と病院の先生から言われ、生後3ヵ月で離乳食を始めたり、抱っこしたままの方が飲んでくれるからと1日中抱っこで授乳したり、哺乳瓶よりスポイトで口に入れたほうが量が飲めているからとスポイトであげてみたり。

辛くなって、夜中に24時間育児相談センターに「哺乳瓶も乳首も全メーカー試したのですが、何をしても飲めないんです」と電話相談してみたり。

1日中娘の授乳の事を考え、寝不足で夜中にタイマーで起きられず授乳を飛ばしてしまった時は「娘の体重がまた減ってしまう」「娘は生きていけないんじゃないか」と思い号泣してしまうほどの精神状態でした。

「経管栄養にできませんか」と思いきって医師に尋ねた

どんどん成長曲線から外れていく娘の体重。

生後4ヵ月の時に発熱で入院した際、病院の先生から「体重の増えが悪いし、おかゆの方がまだ食べるみたいだから入院中の離乳食を3回にするね」と言われました。

1時間に1回の授乳に加え、さらに離乳食を3回。

ずっと起きている私に「お母さん寝れてる?」「休める時に休んでね」と看護師さんが優しく声をかけてくれました。

入院中、授乳の間にインターネットで「赤ちゃん ミルク 飲まない」「心疾患 ミルク 飲まない」など色々調べていました。

その時に初めて鼻にチューブがついている赤ちゃんの画像を見ました。気になり調べてみて、初めて「経管栄養」というのを知りました。

  • 何でチューブがついているのか。
  • どうやってチューブからミルクを飲むのか。
  • 痛くないのか。
  • メリット、デメリットは?

など、授乳の間に調べていました。

しかし、病院の先生に何も言われていないのに「経管栄養について調べたんですけど、娘はできますか?」なんてとても聞けず。

モヤモヤしながら1日中スポイトで授乳していました。

もうすぐ退院となった日の夜中。

娘にスポイトで授乳していると、よく話しかけてくれていた看護師さんが来て、「お母さん寝てる所見たことないくらいずっと起きてるよね?」と話しかけてくれました。

私は、「退院したら、家事やきょうだいのお世話、あいちゃんの授乳が始まる」「こんな状態でまともに育児ができるのだろうか」とすごく悩んでいました。

思い切って看護師さんに、

「色々調べて経管栄養って出てきたんです。娘の体重が減っていてスポイトでミルクをあげるのが辛いんです。先生に経管栄養の相談をしてみても大丈夫ですか?チューブを入れたら3時間に1回の授乳をするだけでよくなりますか?」

と相談しました。

看護師さんは「先生いるかな?」とすぐに先生に連絡をしてくれ、夜中なのに先生も病室に来てくれました。

先生に1時間に1回の今の授乳が辛いこと。頑張っても体重が増えなくて、心疾患もあり心配なこと。経管栄養を調べてみたことなどを話しました。

先生は、

「何も異常がないのに経管栄養のチューブを始めることはできないです。でも、体重減少は良くないし心臓の手術までにある程度体重を増やすことは大事なことだから、1度血液検査や臓器のエコー検査をしてみましょう」

と言ってくれました。

そして、入院中に検査をしてもらいました。

その結果、甲状腺の値が低く体の中の栄養が足りていないという血液検査の結果が出ていたので、娘は経管栄養のチューブを入れることになりました。

チューブを入れることが決まり、「これでしっかり栄養がとれて、娘は生きていけるんだ」「もう1時間に1回スポイトで授乳しなくて良いんだ」と思いました。

それと同時に「娘はチューブが付いて辛くないのか」「きょうだいたちには、どのように説明しよう」「周りの人にチューブがついている娘をどう見られるんだろう」と不安も襲ってきました。

経管栄養でまさかのトラブル。放置せず連絡して助かった

業者から購入したチューブが間違っていたこと

娘がチューブを入れてから、入院中に栄養剤注入のやり方や物品の消毒の仕方、チューブ交換のやり方などを教えてもらいました。

その中で「経管栄養のチューブやボトル、シリンジなど必要なものは直接業者さんに連絡をして購入してください」と説明されました。

「病院と在宅で物品の色など違う場合もあるけど、今使っている物の名前を言えばわかると思うよ」と教えてもらいました。

すぐに業者さんに連絡をして初めての購入であることも伝え、必要な物品の名前や製造ナンバーを言い、家へ届けてもらえるよう手続きをしました。

物品が届き、すぐにチューブの色の違いに気づきました。しかし、病院と在宅用で少し違う場合もあると聞いていたので、特に気にしませんでした。

 

業者さんから届いた新しい物品で、夜7時頃いつもの滴下で栄養剤を注入しました。しばらくすると、いつもより明らかに栄養剤の減りが早いことに気づきました。

すぐに注入を止めて娘を見てみると、少し顔色が悪く数分後に嘔吐しました。

病院へ連絡をして状況を話すと、業者さんにも連絡するように言われたので、業者さんに連絡し物品の確認をしてもらいました。

娘は入院中NICU用のチューブを使っていたのですが、届いたチューブは在宅用で滴下の量がいつもの2倍の量が落ちるものでした。

「物品を注文した際、商品の製造ナンバーまで確認していたのでこちらのミスです」と、夜中に業者の方が謝りに来られました。

「明日一緒に病院へ同行させてください」と言われ、次の日に業者さんと病院へ受診。

嘔吐はあったものの大事にはいたらず、次回から娘の物品は病院から受け取ることになりました。

初めての物品発注でこのようなミスがあり、「どうして、届いて違和感を感じた時に病院や業者さんへ確認しなかったんだろう」と娘に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

また、物品を間違えて届けた業者さんや、今回の事があったからと次回から物品が病院支給になった事に、とても不信感を抱きました。

今は引っ越しをして病院も変わり、物品も看護師さんと毎回確認作業があり、安心して病院支給してもらっています。

私は後々、経管栄養の物品のほとんどは病院が支給してくれると知ったのですが、あのとき何故「個人購入して欲しい」と言われたのか未だにわかりません。

経管栄養を始める際は、病院に物品支給の事を確認してみてください。

注入の際に何かがおかしいと思い、救急外来に連絡

何もトラブルがなければ、基本的に在宅で私が2週間に1回、経鼻チューブを交換していました。

しかし、1歳を超えて大暴れする娘になかなか上手くチューブが入れられなくなりました。

チューブが入れられないプレッシャーや、娘の泣いている姿を見るのが辛くなり病院の先生にチューブを交換してもらっていた時期がありました。

ある日、いつものように病院で交換してもらって家に帰り、注入の前に、胃の中にチューブが入っているか気泡音を聴診器で確認していた時でした。

「あれっ?気泡音が聞こえない。」

何度確認しても気泡音が聞こえない。胃残も引けない。

今までも胃残が引けないことや、気泡音が聞こえづらいことはありましたが、今回は全く気泡音が聞こえず。

何かおかしいと思い、夕方だったので救急外来へ連絡しました。

看護師さんに気泡音が聞こえなくて胃残も確認できないことを説明。その状態で注入しても大丈夫なのか不安だと伝えました。

「一応大丈夫だと思うけど、心配なら来てください」と言われ受診。

娘の担当の先生はいなかったので、別の先生に診察してもらい、

「今日チューブを交換しているから大丈夫だと思うけど、一応レントゲンを撮りましょう」とレントゲンを撮ってもらいました。

娘の名前が呼ばれ、レントゲン写真を見せてもらうと経鼻チューブが娘の喉の辺りまでしかないことがわかりました。

「お母さんが気づかず注入していたら誤嚥したりしていたかもしれない。気づいてもらって本当に良かった」と言われ、すぐにいつものチューブを入れてもらいました。

後日、主人と病院へ行きました。

  • 今回のチューブミスを医療事故調査委員会へ提出する。
  • 今後、今回のようなチューブの間違いがないように、チューブを入れる前に病院の先生、看護師、お母さんの3人でチューブの確認をする。

ということになりました。

「娘の命を守るために」…相談したり調べたりすることの大切さ

娘を産むまでは、自分の母親や友だちに聞いたり、育児本を見たりして子育てをしていました。

しかし、娘を産んでから、誰に聞いてもわかってもらえない、答えてもらえないということが沢山ありました。

インターネットで調べても娘と全く同じ症状の人はおらず、手探りで育児をしていました。

ですが、全て同じ症状ではなくても、経管栄養のこと、心疾患のこと、福祉制度のことなど、ブログなどで発信してくださっている方々の記録は、娘を育てるのにとても助けていただきました。

娘を育てて辛かった時期。

私の大変さなんて誰に言ってもわからないと思っていました。

しかし、一歩踏み出して周りの人にSOSを出した時、一緒に考えてくれる人が沢山いることに気づきました。

私はSOSを出すまでに時間がかかり、娘の大切な赤ちゃん時代「かわいい」と言葉で言っていても「かわいい」と思える心の余裕がありませんでした。

しかし今は、色々な人に支えられ、すくすくと育ってくれている娘を「かわいい!」と心の底から思います。

相談したり、調べたり、発信したりすることはとても勇気のいることです。

ですが、少しの勇気で変わることは、娘を育てていて少なからずあると思いました。

今は、胃ろうを付けながら、何でもチャレンジする娘を本当に誇らしく思っています。

 

経管栄養から胃ろうへ変わったあいちゃんの、就園と就学に関する記事はこちら↓

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