医療的ケアがあると、子どもと離れて過ごす時間が確保できない、家族での外出が難しいといった現状があります。
今回紹介するのは、そんな医療的ケア児と家族が安心して宿泊できる場所を提供している国立成育医療研究センターの「もみじの家」。
ハウスマネージャー内多勝康さんより、もみじの家がどんなところなのか、そして医療的ケア児の業界が抱えている社会問題についてお話頂きました。
目次
医療的ケア児の家族が抱える問題
医療的ケア児とは、日常生活を送る上で人工呼吸管理や痰の吸引などの医療的ケアが必要な子どものこと。
入院中は医療の専門職が担ってくれたケアの負担は、退院と同時に24時間365日まるごと家族が担うことになります。
深夜早朝を問わず、子どもの体調によっては5分おきに対応が必要な時もあり、特に母親は睡眠時間を削られてしまう現状があります。
医療的ケアを理由に子どもを保育所に預けることがかなわないため仕事を辞めざるを得ず、心身の疲労に加えて経済的な負担も背負いながらの生活を余儀なくされるケースも多いのです。
医療型短期入所施設 もみじの家とは
もみじの家は、2016年4月に開設された、医療型短期入所施設。
医療の進歩を背景に急増する医療的ケア児と家族の在宅生活を支えることを使命とし、国立成育医療研究センターの敷地内に誕生しました。
“重い病気を持つ子どもと家族のひとり一人が、その人らしく生きることができる社会を創る”
これは、「もみじの家」が掲げる理念。
利用中の子どもと家族にとって、安心とくつろぎが実感できるような“第二のわが家”になることが、もみじの家の目標です。
利用できるのは、主に医療的ケアが必要な子どもと家族です。
原則、毎月1回、最長で9泊10日滞在することが可能です。
もみじの家の利用の様子
世田谷通り沿いにある国立成育医療研究センターの敷地の南西の端、駐車場の一角にもみじの家はあります。
鉄筋2階建てで、延べ床面積はおよそ1700㎡。
入口の自動ドアを入った壁面にもみじの家の大きなロゴマークが刻んであり、室内はオフホワイトを基調とした柔らかい壁、大きなガラスの扉からはたっぷりと日差しが差し込み、明るい雰囲気を作り出しています。
中央部分は吹き抜けになっていて、シンボルツリーのモミジが植えられています。
安心して休める居室
家族室
1階には個室が5つと3人部屋が2つあり、最大で11人の子どもたちが利用できます。
個性的なのが、家族が泊まれる部屋が併設された個室で、家族室はドアをひとつ隔てた位置にあり、ベッドが2つ並んでいます。
もみじの家では、家庭で日常的に行っている医療的ケアを、看護師が24時間、家族に代わって行います。
子どもの状態によっては、深夜早朝も痰の吸引や必要な薬の投与などをするため、部屋に出入りしなければなりません。
一方、家族たちは、日頃十分な睡眠がとれず、子どものケアに追われて、夜中も安心して熟睡することができないお母さんたちがたくさんいらっしゃいます。
もみじの家で久しぶりに深い眠りにつきたいと思っても、看護師の動きがあると、気になって眠りが浅くなってしまうという方もいます。
「子どもと一緒に泊まりたいけれど、人の気配を気にせず、ぐっすり眠りたい」そんな希望をかなえるのが、家族室を併設した個室です。
“隣の部屋”はまさに安眠の場となり、「出産以来、数年ぶりにゆっくり休むことができました」という声が何人ものお母さんから聞かれます。
3人部屋
3人部屋では家族は泊まらず、子どもだけが滞在します。
医療的ケアは安心して看護師に任せ、家族には自由に過ごせる時間が保証されます。
家族からは、笑顔とともにこんな言葉が聞かれます。
「久しぶりに夫婦で食事に行ってきます」
「たまりにたまっている家事を一気に片づけます」
「いつもなかなか相手をしてあげられない、きょうだい児(病児の兄弟姉妹)とたっぷり遊んであげたい」
これは、一般の家庭では当たり前のことが日常的にできない、諦めざるをえないことの裏返しでもあります。
中には、「これまで具合が悪くても病院に行けなかったので、この機会にお医者さんに診てもらいます」という声に触れることもあります。
医療的ケアに追われながら、いかに無理や我慢や孤立を強いられているのか。病児だけでなく、両親や兄弟姉妹たちが、心身の疲労を蓄積させながら、社会から疎外されるリスクを抱えている様子が伺えます。
子ども自身の楽しみも大切に
プレイコーナー
階段やエレベーターを使って2階に昇っていくと、もみじの家自慢の、プレイコーナーへ。
シングルス用のテニスコートより広い、ゆったりとしたスペースが広がっていて、子ども向けの絵本やおもちゃが並び、落書きのできる壁もあります。
伸び伸びと遊べるのはもちろん、勉強したいという希望があれば、学習のサポートもします。
子どもたちは、同年代の友だちや様々な大人からの適切な刺激を受けながら成長発達していくので、できるだけアクティブに遊んだり学んだりできるよう心掛けています。
センサリールーム
刺激といえば、2階にはとてもワクワクする刺激的な部屋があります。
「センサリールーム」と呼ばれる、感覚を刺激する部屋。
6畳ほどの薄暗い室内には、円柱型の水槽の中で気泡が踊る「バブルユニット」やくるくる回るミラーボールなどが、赤や緑、黄色などのカラフルな光を発して視覚を楽しませてくれます。
さらにユニークなのは、温水を満たしたウォーターベッドが備えてあることで、子どもをベッドの上に寝かせてゆらゆら揺らしてあげると、まるで海に浮かんだような気分を味わえ、耳からはチャプチャプと波のような音が聞こえてきて聴覚の刺激にもなります。
現場を支えるケアスタッフ達
大きなミッションを達成する基盤を築くため、日々、現場で直接子どもたちと向き合っているのはケアスタッフたち。
看護師は15名いて、平日は看護師長のほか4人前後の日勤、毎晩2名の夜勤体制を組みます。加えて、保育士が2名、介護福祉士が1名の総勢18名で家族を支えています。
この多職種連携チームが、3つのポイントに重点を置いて、手厚いケアに当たっています。
①子どもたちの命を24時間守る「医療的ケア」
②豊かな子どもらしい時間を保障する「日中活動」
家族にとって、医療的ケアの重責から解放されることに加えて、預けた子どもが楽しく過ごしているか、寝かせきりにされていないか、その不安が解消されなければ本当の意味でのレスパイト(休息)にはなりません。
もみじの家では、適切な刺激で子どもたちをサポートするため、遊びや学びの時間を毎日のプログラムに組み込んでいます。
子どもたちにとって楽しく成長発達を促すことにもつながるこの活動は、家族たちに肉体的にも精神的にもくつろぎの時間を保障することにつながっているのです。
③入浴や食事、排せつ、移動などの手助けをする丁寧な「生活介助」
食事介助などもひとり一人のペースを大切にし、医療依存度の高い子や、医療的ケアがあっても動き回れる子など、他の施設では受け入れを断られがちな子どもたちにも丁寧に向き合い、日常生活を支えています。
利用者からの高い評価
この3本柱ともいえるケアに対し、実際に利用した家族の満足度は高いものがあります。
5段階評価で採点してもらうアンケートでは、①、②、③ともに平均4.7で、「また、もみじの家を使いたいと思いますか」という問いに対しては、平均4.9という高い評価を頂いています。
医療的ケア児が安心して暮らせる社会へ
このままのスタイルでもみじの家のような施設が全国に広がれば、どこに住んでいても安心して暮せる社会に近づくことができると考えています。
しかし、大きな壁となっているのが、収支の問題です。
医療型短期入所施設の主な収入源は、障害者総合支援法に基づく「障害福祉サービス費」という報酬ですが、今の制度のままでは、多くの専門職を雇用するために十分な収入は確保できません。
地元の自治体から補助金などが得られても、毎年赤字が出てしまいます。
民間企業や個人からの寄付で補ってもらわなければ運営が続けられないのが実情で、こうした状況が改善されなければ、第二、第三のもみじの家が誕生することは難しいと考えられます。
今後は、公的な制度が充実することで、もみじの家の運営が持続可能な支援モデルを確立することができるかどうかが焦点となってきます。
子どもが医療的ケアの必要な状態で退院しても、家族が安心して地域で一緒に暮らし続けられる社会を創るためには、負担を家族にだけ背負わさず、社会全体で支える取り組みが求められています。
もみじの家を通して、たくさんの医療的ケア児の家族と触れ合っている内多さん。 内多さんだからこそ伝えられる医療的ケア児を取り巻く課題や、30年勤めたNHKを辞めて、もみじの家のハウスマネージャーに転身した背景などが詰まった本が出版されています。 医療的ケアの事や難しい制度の仕組みなどが分かりやすく書かれていて、私自身、何度も読み返しています。著者に入る印税は必要経費を除き、もみじの家に寄付されます。
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【施設詳細】
医療型短期入所施設 もみじの家
手厚い医療ケアと保育の充実によって、家族の疲れを癒し、子ども達の可能性を伸ばす場所として、たくさんの医療的ケア児の家族に愛され利用されています。