2020年秋、重度障がい児者のための意思伝達装置「ファイン・チャット」が発売になりました。
ファイン・チャットは、パナソニック製意思伝達装置レッツ・チャットの代替機として開発されました。
開発者である松尾光晴さんは、パナソニック時代にレッツ・チャットの開発から販売まで手掛けていた方です。
レッツ・チャット販売終了を受けて、自ら独立してアクセスエール株式会社を立ち上げ、クラウドファンディングを行って代替機を開発しました。
今日は、松尾さんに、開発の経緯やファイン・チャットにかける思いを聞かせて頂きました。
目次
意思伝達装置とは?
意思伝達装置とは、言語・肢体が不自由な方が、少しでも動かせる体の箇所を利用してコミュニケーションを取るための装置です。
意思伝達が困難な方は、全国に10万人以上いると言われています。中には、いわゆる「植物状態」、意思があるのかどうかもわからない方も多くいらっしゃいます。
ですが、松尾さんはそういった方の中にも、伝達の方法さえあれば実際にコミュニケーションをとることができる方はもっと多いのではないかと考えているそうです。
松尾さんが独立して自ら開発した「ファイン・チャット」はどういうものなのでしょうか?
利用者の声を聞き、新たな機能をいくつも搭載
ファイン・チャットの特徴は、シンプルで操作も簡単なことです。
入力にはスイッチが欠かせません。指先や手のひら、ほっぺなど、ほんのわずかでも動く部分があれば、スイッチ1つでファイン・チャットを操作することができます。
文章を表示させるだけではなく、リモコンやブザーをつないで家電を操作したり人を呼ぶこともできます。
テレビ・照明・エアコン・ラジオ・オーディオなどにも接続できるし、エアコンは、電源を入れるだけではなく冷房と暖房を切り替える操作もできるようになったんですよ。
さらにパソコンやタブレットとつなぐこともできます。
新しい機能がたくさん付いたんですね!
これらは全て、実際に意思伝達装置を使っている方、どういう機能がほしいかを聞いて付けたものです。
さらに目新しいものとしては、「QRコードを使い文章をデータで取り出す」という機能を付けました。
装置を使い小説を書いていたお子さんがいた
以前、ある重度障がいのある若いお嬢さんが、この機械を使って小説を書かれていたんです。
それを、ご両親が一生懸命、紙に書き取っておられました。ご両親に、
「なんとかして、データで取り出せないでしょうか?」
と聞かれたのですが、当時はその機能を搭載することができませんでした。そこで今回新たに開発するときに、QRコードという方法を使ってデータ化できるようにしたんです。
小説を書かれていた…!
そうなんです。他にも、文章をヘルパーさんなどがデータで保存しておいてくれれば、あとで家族がそれを読むこともできます。
データ化の方法も、メールで送る、Bluetoothを使うなどの案もありましたが、なるべく誰もがわかりやすくやりやすい「QRコード」という方法を選びました。
このように、「作った文章をデータで残したい」という要望がすごく多かったんです。
実際に聞いてみたからこそ、付けることができた機能ですね。
さらに今回、家庭用電源、乾電池に加えて、モバイルバッテリーからも電源を取れるようにして、家の中だけじゃなくいろんな環境で使えるようにしました。
液晶画面も1.5倍の大きさにし、「どこでも、手軽に、安心して間違いなくコミュニケーションが取れる」ことに最も重点をおきました。
家ではパソコンを使っていても、外出時はファイン・チャットを使う
パソコンはいろいろなことができますが、利用できる環境に制限があります。
ある脊髄性筋萎縮症のお子さんで、パソコンとレッツ・チャットを両方使っている子がいました。
パソコンは視線入力で操作していたのですが、ある時歯医者さんに行くことになりました。
歯の治療中に視線入力は使えませんよね。
それで、その時はレッツ・チャットを使い、治療の最中に「痛い?」「痛くありません」などの会話をしていました。
音声ガイドがあるので、操作する本人からは画面が見えてなくても文章をつくることができるんですよ。
「これは娘にとってのスマホなんです」
今回独立されて新たに開発されましたが、特にこだわった点などはありますか?
パナソニックのときは、こういう機能があれば喜んでもらえるからと提案しても、モノづくりは想像以上に大変でなかなか実現できませんでした。
今回、「シルバー」「ブルー」「ピンク」の3色展開をしているんですが、これも前からやりたかったんです。
以前、ある女の子が、レッツ・チャットに、いろんなぬいぐるみをいっぱいぶら下げてたんですよ。
お母さんが、
「若い子たちは、スマホにいろんなものを付けてますよね。うちの娘にしてみたら、これがスマホなんです。だからいろんなデコレーションをしたいし、色も選びたいんです。
でもほとんどの福祉機器には、そういった遊び心やゆとりはないんです」
とおっしゃいました。
僕たち健常者からしたら、スマホの色を選べるなんて当たり前じゃないですか。
ファイン・チャットがその子にとってのスマホなら、色を選べるようにしたいなと思ったんです。
色が選べるのはすごく好評で、とても喜ばれているそうです。
今まで以上に、特に障がいを持つお子さんに使ってほしい
今後、ファイン・チャットをどういった方に使ってほしいですか?
ファイン・チャットは、今まで以上に、特に重度の障害を持つお子さんに使ってほしいと思っています。
生まれつき難病のある子のご家族は、お子さんが言葉を習得することすら諦めている場合があるんです。
その子がファイン・チャットを使うことによって言葉を習得し、コミュニケーションを取ることができるようになるケースもあるんですよ。
まずはスイッチの練習から始めて、それができるようになれば機械を使えるようになるかもしれません。
(松尾さんが管理するスイッチの選び方に関するHP 「マイスイッチ」はこちら)
「お友達のお子さんが重度障がいで、お母さんはコミュニケーションを諦めてるけど、松尾さんが行ってお話してみてもらえませんか」とご紹介いただいて、伺うこともよくあります。
まずは一度ご連絡下さい。(問い合わせはこちら)
もっと必要な人に届けたい
最後に、松尾さんがこれからやりたいことを教えてください。
僕はこれを言ったら経営者としては失格なのかもしれないけど、儲けるだけじゃなくて、自分が作ったものが役に立っているという形を作りたいんです。
パナソニックの社内ベンチャーでレッツ・チャットを開発した最初の頃は、この商品はすごく評判が悪かったんですよ。
「使えない、思った通りに入力できない、うちの子は無理だったと」いう意見ばかりでした。
でもそれは、よく聞いたら機械ではなくてスイッチの方が問題だったんですが、「レッツ・チャットは使えない」という評判が立ってしまいました。
そこから、実際に利用を希望する方のところに伺い、ひとりひとりに合うようなスイッチを探し、設定するというのをやり始めました。
スイッチに関するHPも作りました。(松尾さんが管理するHP 「マイスイッチ」はこちら)
販売店だけに任せてしまうのは簡単ですが、それだと本当に必要な人には届けられません。
利用者さんとの距離が近いので、どうしたら使ってもらいやすいかもだんだんわかってきています。
それを日々、スタッフと議論しながら、全ての必要な人にファイン・チャットを届けたいと思っています。
【追記】実際に意思伝達装置を使っているお子さんとお話しました!
このインタビューから数ヶ月後。
実際に「レッツ・チャット」をお使いのお子さんとお話する機会がありました!
お話してくれたのは、みいなさん。なんと保育園の頃からレッツ・チャットを使っているそうです。
みいなさんは、左手の親指を使ってスイッチを押し、レッツ・チャットを操作していました。
『「レッツ・チャット」を使っていて、よかったことはどんなことですか?』と質問したところ、
『買いたいものを伝えられたことです』と返事してくれました〜!
ちなみにその「買いたいもの」とは、「洋服」だったそう。
レッツ・チャットのモニター部分もかわいくデコレーションされているし、みいなさんはかわいいものが大好きなようですね!
驚いたのは、入力のスピードがかなり早いことです。
「ようふく」などの4文字程度だったら、ものの数秒でした!
さらに、こうして写真のおねだりをしてくれたので、一緒にパシャリ。
みいなさん、本当にありがとうございました!
Q:「ファイン・チャット」を試しに使ってみたいときはどうしたらいいですか?
A:販売店、もしくはアクセスエール株式会社HPの問い合わせ欄からご連絡ください。
Q:実際に購入するとしたら自己負担はどれぐらいですか?
A:希望小売価格は300,000円(税別)ですが、「補装具」として補助金が出ますので、基本的には1割負担で済みます。
自治体によって、一定以上の収入がある世帯は補助が出ない場合もありますのでご注意下さい。
それらの補助金に関する情報も、アクセスエール株式会社のHPに今後載せる予定です。
生まれたお子さんが難病でコミュニケーションができず、言葉の習得すら諦めているご家族もいらっしゃいます。
ですが、そういう子がこのファイン・チャットを使うことにより言葉を習得できるかもしれない。
それは、ご家族の希望になります。