【作文】「あの日、教えられたこと」 坂田奈緒子

【アンリーシュ作文コンテスト2020】開催中!

こちらのコラムでは、アンリーシュメンバーによる「私たちの絆」をテーマとした作文を連載していきます。

 

「あの日、教えられたこと」

NPO法人アンリーシュ  坂田奈緒子

 

私が初めて医療的ケア児に出会ったのは、2019年の夏のことです。

当時はまだひとりのお友達だった、アンリーシュ代表の金澤裕香さん。

彼女のお子さんの菜生ちゃんが、重い障がいと原因不明の難病を持つ医療的ケア児だったのです。

「菜生に会いに来てよ」

その一言が、私の人生を大きく変えました。

 

私は、それまで「重症心身障害児」と呼ばれる子どもたちがどんな生活をしているのか、社会とどのように関わっているのか全く想像していませんでした。

人生で一度も触れ合ったこともなく、何も知らない状態でした。

難病や障がいがある子は、どのように生きているのだろうか。親は子どもをどう思っているのだろうか。

そんなことをぼんやり考えながら、菜生ちゃんとの対面に向かったのを覚えています。

 

当時5歳だった菜生ちゃんは、多くの医療機器に囲まれてベッドに横たわっていました。

歩くことも喋ることもできないお子さんでした。

でも、目がすごくよく動く。

「見えていない」というのが信じられないぐらい、声がした方に目を向け、時には小さく返事をしていました。

ああ、この子は、好奇心があって、そしておりこうさんなんだな、と私は思いました。

 

そんな菜生ちゃんは、驚くほどたくさんの人の愛情に囲まれて生活していました。

「毎朝主治医と電話してその日のケアを決める」

「訪問看護師さんがケアや入浴の手伝いに来る」

「病児が通う保育園からお迎えが来る」

私の想像を遥かに超える、多くの医療的ケア児専門の保育士、訪問看護師などの支援者が菜生ちゃんに関わっていました。

そして、誰もが彼女を愛していました。

私はそれに気付いた時、本当にハッとして、今まで何も考えず歩いてきた道を振り返って見る必要があるのかもしれない、初めてそう思ったのです。

 

ですが、みんなが菜生ちゃんを愛しているのなんて、考えてみれば当たり前の話でした。

子どもを親がかわいいと思うのは当たり前ですし、子どもは保育園や幼稚園、学校の先生など、様々な人にかわいがられて育ちます。

その子がかわいいことに変わりはないのです。

どうしてこんな当たり前のことに私は気づかなかったのだろうと考えました。

そして思ったのは、「私は何も知らなかった」という事でした。

 

難病や障がいのある子どもと家族が、もっとずっと身近な存在だったら、私はその子たちや家族がどう社会に関わっているのだろうかなんて、そもそも考えもしなかったでしょう。

当たり前のように接し、困っている時は助けていたでしょう。

世の中に広く難病や障がいがある子どもたちや家族の存在や生活が知られていれば、病気だから、障がいがあるから、医療機器が付いているからといった理由でそれらを怖がることもなく、当たり前のように共に社会で生きて行けるのではないでしょうか。

親が子どもをどう思うかなんて、そんな疑問すら浮かばなかったはずなのです。

私は、「よくわからない」というだけで、難病や障がいがある子どもたちを無意識に遠ざけていたのかもしれません。

知ろうとしなかったのは、私の方だったのかも知れないのです。

 

私がアンリーシュで医療的ケア児支援の活動をしていると話すと、誰もが「素晴らしい活動だね」と言ってくれます。

ですが、本当は、私なんかが活動をする必要がない社会であれば良いのです。

みんな、当たり前のように医療的ケア児を知っていて、そして子どもはかわいいのだと思える社会であれば、アンリーシュは必要ありません。

そんな社会を作ってと、私はあの日菜生ちゃんに教えられたと思っています。

私は、アンリーシュが必要なくなるその日まで、菜生ちゃんと会った時のことを、人生を振り返ったあの日のことを忘れずに生きていきたいと思います。